​マルク・シャガール

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色彩の魔術師と称され、油彩、版画をはじめ戦後は、タペストリー、天井画、舞台デザインなど多彩な作品を残してきました。どの作品も高額で取引される傾向にあります。

マルク・シャガール(Marc Chagall)

マルク・シャガール

(Marc Chagall)略歴

 

<1887年> 

 ヴィテブスク(白ロシア)のユダヤ人地区に9人兄弟の長男として生まれる。

<1907年> 

 サンクト・ペテルブルグの王立美術学校に入学する。

<1908年> 

 学校をやめ、レオン・バクストの教える美術学校に入学する。

<1910年> 

 パリに出る。いくつかの美術アカデミーに通う。

<1911年> 

 「蜂の巣」(ラ・リュッシュ)と呼ばれるアトリエに移る。詩人のギョーム・アポリネール、マックス・ジャコブ、アンドレ・サルモン、ブレーズ・サンドラールらと知り合う。特にサンドラールとは親交を深める。

<1922年> 

 ベルリンに出る。

<1923年> 

 サンドラールを通じて画商のアンブロワーズ・ヴォラールに招かれパリに移る。

<1925年> 

 1923年にヴォラールより依頼された銅版画集『死せる魂』を完成

<1926年> 

 『ラ・フォンテーヌの寓話』の版画のためのグワッシュを制作 この頃、出版者テリアード、ジョルジュ・ルオーやボナールを知る。

<1927年> 

 ヴォラールに依頼され、サーカスをモチーフにグワッシュを19点制作する。

<1930年> 

 銅版画集『ラ・フォンテーヌの寓話』を完成 ヴォラールから「聖書」の挿絵を依頼される。

<1937年> 

フランス国籍を取得

<1939年> 

 ヴォラールが死去。カーネギー財団から賞を受ける。

<1948年> 

 フランスに戻り、パリ郊外に住む。画商エメ・マーグを知る。

<1950年> 

 ヴァンスに移る。パリのフェルナン・ムルロー版画工房での制作を始める。刷り師シャルル・ソルリエと親交を結ぶ。

<1952年> 

 テリアードはロンゴス「ダフニスとクロエー」の挿絵の版画制作を依頼する。テリアードによって『寓話』が刊行される。

<1953年> 

 「ダフニスとクロエー」のためのグアッシュを制作する。

<1961年> 

 パリの装飾美術館で「イスラエルの12の部族」と題するエルサレムに制作したステンドグラスの展覧会 この展覧会はニューヨーク近代美術館へ巡回する。石版画集『ダフニスとクロエー』がテリアードより刊行される。

<1964年> 

 パリのオペラ座の天井画が完成

<1966年> 

 石版画集『出エジプト記』が刊行される。

<1967年> 

 石版画集『サーカス』がテリアードより刊行される。

<1968年> 

 自作の詩を添えた木版画集『ポエム』がジェラルド・クラメールより刊行される。

<1973年> 

 ニースに国立マルク・シャガール聖書のメッセージ美術館が開館

<1974年> 

 石版画集『オデュッセイア』が刊行される。

<1977年> 

 レジオン・ドヌール勲章を受章。ルーブル美術館で展覧会開催

<1985年> 

 3月28日逝去

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